2017年11月23日
愛する詩 Ⅱ。。。
黄色くなったイチョウの葉を、
大切そうにつまんでいる小さな少女をみた。
「ひとぉつ、ふたぁつ、みっつ・・・」
私も、私の娘たちも、かつてはあのような小さな少女だった。
あの子もいつか大人になり、
色んな事を知ってゆくのだろう。。
いつからだろう、季節を数えるようになった。
「ひとぉつ、ふたぁつ、みっつ・・・」

II 真冬のかたみに……
Heinrich Vogeler gewidmet
追ひもせずに 追はれもせずに 枯木のかげに
立つて 見つめてゐる まつ白い雲の
おもてに ながされた 私の影を――
(かなしく 青い形は 見えて来る)
私はきいてゐる さう! たしかに
私は きいてゐる その影の うたつてゐるのを……
それは涙ぐんだ鼻声に かへらない
昔の過ぎた夏花のしらべを うたふ
《あれは頬白 あれは鶸 あれは 樅の樹 あれは
私……私は鶸 私は 樅の樹……》 こたへもなしに
私と影とは 眺めあふ いつかもそれはさうだつたやうに
影は きいてゐる 私の心に うたふのを
ひとすぢの 古い小川のさやぎのやうに
溢れる泪の うたふのを……雪のおもてに――
〜立原道造『優しき歌 Ⅰ』〜
《イチョウ 花言葉「鎮魂」》

道造が敬愛する画家であり建築家のHeinrich Vogeler gewidmet(ハインリッヒ・フォーゲラー)に捧げた詩の中に、丁寧に何かを一つずつ数える影の声が確かに聞こえる。
春と秋。「生」という一文字が、こんなにも違って見えるのは、自分が生きているからだ。
地面に散ったイチョウの絨毯の上に立ち、無口にならないのは、自分が生きているからだ。

「ひとぉつ、ふたぁつ、みっつ・・・ここのつ。」
ここのつ目の秋は、とても急ぎ足だ。。。
大切そうにつまんでいる小さな少女をみた。
「ひとぉつ、ふたぁつ、みっつ・・・」
私も、私の娘たちも、かつてはあのような小さな少女だった。
あの子もいつか大人になり、
色んな事を知ってゆくのだろう。。
いつからだろう、季節を数えるようになった。
「ひとぉつ、ふたぁつ、みっつ・・・」

II 真冬のかたみに……
Heinrich Vogeler gewidmet
追ひもせずに 追はれもせずに 枯木のかげに
立つて 見つめてゐる まつ白い雲の
おもてに ながされた 私の影を――
(かなしく 青い形は 見えて来る)
私はきいてゐる さう! たしかに
私は きいてゐる その影の うたつてゐるのを……
それは涙ぐんだ鼻声に かへらない
昔の過ぎた夏花のしらべを うたふ
《あれは頬白 あれは鶸 あれは 樅の樹 あれは
私……私は鶸 私は 樅の樹……》 こたへもなしに
私と影とは 眺めあふ いつかもそれはさうだつたやうに
影は きいてゐる 私の心に うたふのを
ひとすぢの 古い小川のさやぎのやうに
溢れる泪の うたふのを……雪のおもてに――
〜立原道造『優しき歌 Ⅰ』〜
《イチョウ 花言葉「鎮魂」》

道造が敬愛する画家であり建築家のHeinrich Vogeler gewidmet(ハインリッヒ・フォーゲラー)に捧げた詩の中に、丁寧に何かを一つずつ数える影の声が確かに聞こえる。
春と秋。「生」という一文字が、こんなにも違って見えるのは、自分が生きているからだ。
地面に散ったイチョウの絨毯の上に立ち、無口にならないのは、自分が生きているからだ。

「ひとぉつ、ふたぁつ、みっつ・・・ここのつ。」
ここのつ目の秋は、とても急ぎ足だ。。。