
2018年10月13日
歌を知るには。。。
物を知るには、これを愛さねばならず、
物を愛すには、これを知らねばならない
〜西田幾多郎
《釜そば鎰富弘(かぎとみひろ)に飾られた看板夫婦(哲学の道近く)》

コーラスは奥が深い。
深すぎて、考えていると眠れないときもある。
小学生の元気なコーラス、中学校の合唱コンクール、自分を高める為のカルチャー的コーラス、コンサートやコンクールを目指す社会人コーラス・・・。
慣れないうちは、指導にずいぶん戸惑った。
目的も違えば、年齢もレパートリーも全く違う。
そしてまたその中で、当然だが一人一人の歌に対する思いが違うのだ。
共通していることは、たった一つ。
ー歌が好きー
ということだけ。
中学校のクラス合唱だって、おそらく同じだと思う。
面白くなさそうに歌う男子生徒や、恥ずかしそうに下を向いたままの女子生徒。
人前で歌うことに抵抗はあっても、歌が嫌いという子はいないだろう。
ずいぶん前、若い頃にセミプロの合唱団にも在籍していたことのあるという70代の女性を指導したことがあった。
譜読みはもちろん、アルトパートの歌声は見事だった。
たくさんの歌を一緒に歌った。
時には教えられ、時には励まされ、まだ若かった私はいっぱい教えられた。
人間には「時間」という拘束が付いて回る。
当然だが、その女性にも「時間」がある。
「車椅子になっても歌うわ!」
そう言って、いつも帰り際に私の手を握っていた女性から届いた一通の手紙に、私は声を出して泣いた。
「大好きな歌をたくさん歌えて、悔いはありません。」という文字からは、「もっともっと歌いたかった。」という叫びが聞こえた。
コーラスをする人は、みんな歌を愛している。
それぞれの場所で、それぞれの思いと目的と夢を持って歌っている。
そして誰もが少しずつ歌を知っていく。
私もそんな人たちに囲まれて、歌を知っていく。
歌を知るには、これを愛さねばならず、
歌を愛すには、これを知らねばならない。。。
歌の哲学は、必ずしもプロの歌い手だけが持つものではない。
そう思うこの頃だ。。。
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